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村上春樹氏、病後の執筆再開と2025年の新作について語る

村上春樹氏は2025年冬、ニューヨークで病後の執筆再開を語った。

「人は一瞬で年を取ることがある」と、77歳の村上春樹氏は大病を経て語った。長期入院で体重が大幅に減少したが、回復後に再び執筆の衝動が戻り、執筆活動に復帰しているという。

The Center for Fiction で表彰を受ける村上春樹氏

村上氏は昨冬、ニューヨークの The Center for Fiction(ザ・センター・フォー・フィクション)で終身業績賞を受賞し、米国の音楽家パティ・スミス(パティ・スミス氏)が授与した。式典後、マンハッタンのホテル地下にあるバーでニューヨーク・タイムズ(The New York Times)の取材を受け、入院生活とその後の心境について語った。

普段はスウェットシャツ姿の村上氏は、話し方が穏やかで時折天井を見上げ、思考を探るような仕草を見せた。長年にわたり小説を書いてきた人物にとって、言葉は軽々と手に入るものではなく、内側からすくい上げるものであると述べた。

身体が崩れる瞬間

病は突然訪れた。長年ランニングを日課としてきた村上氏にとって、歩くことさえ困難になるのは前例のない衝撃であった。氏は以前にランニングを執筆に例え、孤独で反復を要し、忍耐が必要だと述べている。毎日一時間を積み重ねることで身体と意志を一線に保ってきたが、入院生活ではその一線が断たれたという。

病後に療養する様子を思わせる写真

「病気のときはまったく書く欲求が湧かなかった」と村上氏は回想した。それは怠惰や倦怠ではなく、より根本的な喪失感であり、想像力が水底に沈み、言葉が浮かばなかったと説明した。作家にとって、それは肉体的な衰弱以上に不安をもたらしたという。

回復後の書き手としての再起

回復の過程で、四十年以上続けてきた執筆衝動は失われていなかったと村上氏は述べる。それは責務でも職業的習慣でもなく、本能に近いものであり、呼吸や脈拍のように自然なものであった。身体が徐々に戻るにつれて、書くという声も再び聞こえてきたという。

年齢が若返ったわけではなく、生きていることを確認する手段として、書くことは変わらず彼の生き方であると氏は言明した。

執筆に向かう村上春樹氏のイメージ写真

回復後、村上氏は再び小説の執筆に力を注いでいる。最新作は夏帆という女性を中心に据え、女性の視点から物語を展開する。氏はそれを女性を模倣する試みではなく、女性の内面に入り込み「彼女になる」ことだと説明している。別の眼差しで世界を見る試みであるという。

これまで孤独な男やジャズバー、失踪した恋人、平行世界といったモティーフを多く書いてきた作家として、女性視点への転換は新鮮であると同時に自然な変化であり、長年の執筆を経て新たな入口に到達したようだと村上氏は語った。

この作品は2025年に日本の文学誌『新潮』で連載され、単行本は今年夏に刊行される予定である。

まだ書き続けたいという意志

半生を書いてきた作家が、別の眼差しで世界を見渡し、他者の魂に入ることができる点を村上氏は「美しい」と表現した。年齢は衰えだけをもたらすのではなく、ある種の自由を与えるとも述べた。若い頃は評価や立場を気にしていたが、年齢を重ねることで執筆の原点に近づき、ただ書きたいという気持ちが優先されるようになったという。

氏は若い頃に経営していたジャズバーの時期を振り返り、昼は音楽を聴き夜に店を開き、台所とターンテーブルの間で暮らしていたと語った。当時の氏は「村上春樹」という存在ではなく、物語と旋律を愛する一人の人間であったと述べている。

執筆は彼を世界各地へと連れ出し、長年にわたり机に向かう孤独な時間をもたらした。孤独は消えたわけではなく、やどることのできる空間になったと村上氏は説明した。

取材の締めくくりで氏は「あとどれだけ小説を書けるかは分からない」と述べたが、「まだ書ける気がする。小説を書くことは自己探求のように美しく、年を取っても探る余地がある」と語った。

その言葉には誇張はなく、静かな確信が込められていた。

インタビュー後に戻った執筆生活を示す写真

死と隣り合わせの経験を経て、村上氏は戻ってきた。偉大な悟りを得たわけでも人生を一望したわけでもなく、より単純なことが起きたと氏は述べる。それは再び机に向かい、原稿を開き、脳内で文が形成されるのを聞くことができるようになったという事実である。

村上氏は、書き続けたいと思うのは義務ではなく好意であり、回復後も書きたいという気持ちが変わらなかったことこそが真の再生であると語った。

それで十分であると氏は締めくくった。

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